大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 昭和53年(ワ)704号 判決

原告

小田耕之助

ほか一名

被告

鈴木忠義

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告両名に対し各二六六六万七八一九円および内二四三一万七八一九円に対する昭和五〇年一一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  事故の発生

(1) 被告は、昭和五〇年一一月一日午後〇時二五分ころ普通乗用自動車(大阪五六や三四三三。以下加害車という。)を運転し京都市北区紫竹東栗栖町二八番地先路上(通称北山通り常徳寺南側、以下事故現場という。)を東進中、前方不注視脇見運転の不注意により折から右道路を南側から北側へ横断歩行中の亡小田善治(当時五歳。以下単に「善治」という。)に自車右前部サイドミラー付近を衝突させた。

(2) 右善治は、これにより約六・九メートル東側前方へはねとばされて路面に落下転倒し頭部を強打するなどして、左後頭部・頭頂部各打撲による血腫、外傷性水頭症、左大腿骨骨折等の傷害を負い、その結果右外傷性水頭症による脳委縮にもとづく呼吸不全により昭和五五年三月二四日死亡した。

(二)  被告の責任原因

被告は加害車を所有し自己のため運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により右交通事故による損害を賠償する義務がある。

(三)  善治の損害(原告ら相続分)

(1) 治療費 六九万八七二九円

浜田病院分 一五万七〇二三円

京都第二赤十字病院分 五四万一七〇六円

(2) 入院中の付添看護費 五三万円

善治の入院中原告小田澄子が昭和五〇年一一月一日から昭和五一年五月三〇日まで二一二日間付添つた。

右一日について二五〇〇円の割合による合計額。

(3) 入院諸雑費 三三万六〇〇〇円

浜田病院に入院した昭和五〇年一一月一日から昭和五三年二月分まで二八か月間一か月について一万二〇〇〇円の割合による金員。

(4) 交通費 二万〇九一〇円

(5) 逸失利益 二三二〇万円

善治は昭和四五年生まれの健康な男子で事故当時満五歳であつたから満一八歳から就労可能年齢である満六七歳までの四九年間就労し、右期間中少なくとも昭和五〇年度賃金センサス産業規模計男子労働者の学歴計給与相当額二三七万八〇〇円に一〇パーセント加算した賃金二六〇万七八八〇円を取得するはずであつた。事故当時から満一八歳に達するまでの間年額二〇万円の割合で養育費を控除し、中間利息をライプニツツ係数九・六三五三により控除すると二三二〇万円となる。

{(150,200×12)+568,400}×1.1=2,607,880

2,607,880×9.6353=25,127,706…………〈A〉

200,000×9.6353=1,927,060………………〈B〉

〈A〉-〈B〉 25,127,706-1,927,060=23,200,646

(6) 慰謝料 一五〇〇万円

善治が事故日である昭和五〇年一一月一日から死亡日である同五五年三月二四日までの約五年四か月間入院したことによつて被つた精神的・肉体的苦痛に対する慰謝料五〇〇万円、および死亡に対する慰謝料として一〇〇〇万円の合算額。

(7) 弁護士費用 三七〇万円

被告は自己の責任を認めず任意の支払いに応じないので訴提起をせざるをえなくなり訴訟代理人に委任したその着手金及び報酬額。

(8) 損害の填補 一一五万円

善治は自賠責保険から傷害分保険として一〇〇万円を受領したほか、被告から見舞金として昭和五一年二月七日に一〇万円、同年三月七日に五万円を各受領したので本件損害の一部の弁済に充当した。

昭和五五年三月二四日善治が死亡したため親である原告小田耕之助、同小田澄子において同人の損害賠償債権を各二分の一ずつ相続した。

(四)  原告ら固有の損害

(1) 慰謝料 各五〇〇万円

原告らは、次男である善治の成長を楽しみにしていたところ本件事故により死亡したため原告らは甚大な精神的苦痛を被つたのでこれを慰謝するには右金額が相当である。

(2) 弁護士費用 各五〇万円

前記善治と同様本訴追行を余義なくされ訴訟代理人に委任し、その着手金及び報酬として判決言渡日に認容額の一割を支払うことを約した。

よつて原告らはそれぞれ被告に対し不法行為に基づく損害賠償として各二六六六万七八一九円及び内二四三一万七八一九円に対する昭和五〇年一一月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  被告の請求原因に対する認否及び主張

(一)  請求原因(一)(1)の事実のうち、本件交通事故の発生、その日時、場所及び加害車については認め、事故の態様は否認する。

同(一)(2)の事実のうち、善治が死亡した事実を認め、外傷性水頭症及び本件事故と善治死亡との因果関係は否認する。その余の事実は知らない。

同(二)の事実のうち、被告が加害車を所有しその運行の用に供していた事実を認め、賠償義務の存在は争う。

同(三)の事実のうち、(8)の損害填補金については認め、その余の損害は否認する。

同(四)の事実は否認する。

(二)  本件事故は、被告が事故現場手前の交差点において信号待ちの後発進し先行車に追随して東行内側車線を時速四〇キロメートル以下で東進し事故現場にさしかかつたところ、善治が進路右側の横断者が全く予想されないグリーンベルトの植込みの陰から道路を走つて横断しようとして無謀にも突然飛びだしたため、被告が直ちに左へ転把し急制動の措置をとつたが間に合わず衝突してしまつた。

従つて本件事故は、被告にとつて予見可能性及び回避可能性の存しない全くの不可抗力による事故であつて被告には何ら責任を負うべき過失は存在しない。

第三証拠〔略〕

理由

一  交通事故の発生、被告の過失

請求原因事実のうち本件事故発生の日時、場所、加害車については当事者間に争いがなく、この事実と成立に争いのない甲第四号証、証人長田益郎、同鈴木芳江、同森田次男の各証言及び被告本人尋問並びに検証の各結果を総合すると以下の事実を認定することができる。

被告は加害車を運転し通称北山通り東行内側(中央寄り)車線を時速約四〇キロメートルで東進中右前方約六・五メートルの地点に被害者小田善治が道路を南から北へ横断しようとするのを発見したので危険を感じ直ちに左に転把すると同時に急制動措置をとつたが間に合わず東方へ約五メートル進行した地点で自車右前部右サイドミラーやや後方を善治に衝突させ同人をはねとばして転倒させ発見場所から左前方約一八メートル進んだ位置で停止した。

本件事故現場は東西に通ずるアスフアルト舗装の平たんな見通しのよい直線道路で幅員約一五・二メートルの車道とその両側に各三・二五メートルの歩道からなつている。車道は中央に高さ約一二センチメートルのコンクリート製枠で囲まれた幅約二メートルの中央分離帯があり東西車線共各六・六メートル幅で二車線に区分されており、東行二車線のうち外側(歩道寄り)の幅員は三・二メートル、内側(中央寄り)の幅員は三・四メートルになつている。同所付近は最高制限速度五〇キロメートルの規制があり交通量も比較的多く事故現場から約一〇〇メートル東方に押ボタン式信号機(南側歩道上のもので押ボタン位置の高さ約一・二七メートル)のある横断歩道が設けられている。そして、中央分離帯には道路から高さ約一メートルの植木が約一・四メートル間隔に植えられていて車両で東進する場合は右側方の見通しを困難にしているけれども、善治は身長約一・〇四メートルで中央分離帯の切れ間から出てきたのであるから、被告としては十分右前方を注意しておれば善治をもう少し早く発見することが可能であつたし、当時左側第一車線には併進する車両もなかつたからもう少し左寄りを走行し発見後直ちに左へ大きく転把しておれば衝突を回避することが可能であつたと認められるので、被告には本件事故発生について過失があつたというべきである。

二  被告の責任

被告が加害車を所有しその運行の用に供していたことは当事者間に争いがなく、この事実と右認定事実とによると、被告は自賠法三条に基づき善治が本件事故により被つた損害を賠償すべき義務がある。

三  損害

成立に争いのない甲第一、第二号証、同第三号証の一ないし三、乙第三号証、証人池田正一、同米沢猛、同萩原徹の各証言及び原告小田澄子本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次のとおり認めることができる。

1  傷害 善治は本件事故により左大腿骨骨折、頭頂部打撲血腫、左手背擦過創の傷害を負い、これにより昭和五〇年一一月一日から同五一年一月一六日まで京都市北区小山西大野町三三浜田病院に合計七七日間入院して治療を受け右傷害は治癒した。

2  善治の死因

善治は白質異栄養症に罹患し昭和五〇年一二月一六日頃から言語機能障害が始まり神経麻痺症状が進行し昭和五一年四月頃から意思疎通は全くなく、四肢に強度の筋肉硬直が現われ自発的な運動もみられず、尿失禁、大便失禁、全盲状態といつた神経学的症状が継続し呼吸不全により昭和五五年三月二四日に死亡するに至つた。

白質異栄養症(ロイコジストロフイー)は脳の白質全体が半透明の組織に変化し、神経繊維を取巻く髄鞘等がなくなり神経組織の瘢痕組織に変化し脳表面の神経細胞も殆んど消失し全身衰弱から呼吸不全となり死亡するに至る疾患であつて、脳の皮質の代謝障害により起ると理解されており四、五歳で発症し、発症後四、五年で死亡する例が多くその発症原因は解明されていないが本件事故とは結びつかない。

なお、善治には死亡前脳委縮がみられたが、脳委縮が生ずると考えられる他の原因としては(1)ガス中毒による脳細胞の破壊、(2)大腿骨骨折に起因する脂肪粒の吸収による脳梗塞、(3)外傷性水頭症、(4)内因性のいわゆるビールスによる悪急性硬化性全脳炎等を挙げることができるけれども、(1)は善治が当初入院していた浜田病院の病室ではセントラルヒーテイング方式の暖房装置を採つていたからガス中毒になる原因が見出し難く、(2)の骨折を原因とした脂肪粒の吸収による脳梗塞については原因物質たる脂肪粒が発見されていないばかりでなく善治の大腿骨骨折は昭和五〇年一二月一六日頃(神経系疾患による症状と認められる言語障害等が現われた最も早い時期)より以前の同月一五日にはギブスをはずしていることからみてもそれ以前に骨折が治癒していると認められるので、治癒後にこれを原因とする脳梗塞は考えられない。さらに、脳を強打したことによる外傷性水頭症であることも考えることはできない。すなわち、前記発症の時期は昭和五〇年一二月一六日頃であつて事故の一か月半以上経過後であり期間的に肯定するのが困難であり、外傷性水頭症であるとすると脳室吻合手術により髄液の循環を改善することにより回復するのが通常であるのに善治の場合は右手術の実施にもかかわらず症状が悪化の方向へ向かつたことによつても明らかである。また免疫グロブリンの値(I、G、G)はある時期に血清並びに髄液中で上昇した事実が認められるけれどもビールスは検出されていない。

従つて、いずれにしても善治の右疾病が本件事故に基づくものとはいえず同人の京都第二赤十字病院での治療並びに死亡と本件事故との間に因果関係を認めることはできない。

3  損害額

(1)  治療費 浜田病院で必要とした費用は全額自賠責保険により同病院に直接支払われた。原告らにおいて負担しこれを支払つた額を認めるべき証拠はない。

(2)  入院中の付添看護費 昭和五〇年一一月一日から浜田病院での入院期間七七日について善治が幼児でもあり入院中付添が必要であつて家族らが付添をしており、一日について少くとも二五〇〇円を要したものと認められるから、その合計額は一九万二五〇〇円である。

(3)  入院諸雑費 右入院期間七七日について一日について少くとも六〇〇円の雑費を要したものと認められるから、その合計額は四万六二〇〇円である。

(4)  交通費 右治療を受けるについて交通費を要したことは認めることができるけれどもこれに要した額を認めるべき証拠はない。

(5)  逸失利益 善治は前記のとおり就労可能年齢に達する以前に死亡しており、本件事故による現在及び将来の逸失利益を認めることはできない。

(6)  慰謝料 本件事故の態様、被害者の負傷の部位程度、治療経過期間等を斟酌すれば善治が本件事故につき慰謝料として請求しうべき額は五〇万円をもつて相当と認める。

4  過失相殺 前記認定事実及び原告ら各本人尋問の結果によると、事故現場の約一〇〇メートル東方に押ボタン式信号機のある横断歩道があり善治の身長からみて自分でボタンを押すことができ、少くとも通行人を待つて押してもらうことができたのにかかわらず善治が右歩道を利用せず横断歩道のないところから幹線道路に急に飛び出し通常予期しにくい行動を自らとつて事故の発生を誘発し衝突の回避を著しく困難ならしめる状況をまねいており、母親である原告小田澄子がわずか五歳の善治を交通量の多い道路を横断することを知りながら一人で外出するのを容認放置し、さらに本件事故現場付近は特に通行中の車からは中央分離帯の植木が障害となつて反対車線側が見えにくく殊に背丈の低い子供を発見することが遅れる恐れがあつて従来から危険が指摘されていたにもかかわらず横断歩道を渡るよう厳重に指導するなど善治に対し十分注意しなかつたなど善治の監護者に保護監督上の落度があつて原告側の過失も少なからず認められるので過失相殺としてその五割を減ずるのが相当である。従つて、前記3(2)(3)(6)の合計額七三万八七〇〇円について右過失割合により按分すると被告に請求しうべき額は三六万九三五〇円となる。

5  本件事故に関し、自賠責保険から一〇〇万円、被告から見舞金として昭和五一年二月七日に一〇万円、同年三月七日に五万円がそれぞれ支払われていることは当事者間に争いがない。これを前記損害額に充当すると残額はないことになる。

6  原告らは固有の損害を主張するけれども、善治が本件事故により死亡したことを前提とするものであり、その認められないことは前記のとおりであるから、その余の判断をまつまでもなく右主張は失当である。

四  よつて、原告らの被告に対する本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 吉田秀文)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例